ノート: 罪と痛みのある人に恵みは開放の道を開きます。完全で、間違う事のない人は一人もいませんから、律法的なすすめによるカウンセリングは癒す力がありません。自分が欠けている、間違いやすい存在である事を認めなければなりません。健全な意味で人にも自分に対しても哀れみを示す勇気が問われます。自分にも、他の人にも正しいとは言えない諸問題を我慢しなければならない場合がときだまに起こります。このような忍耐と哀れみの模範はイエス・キリスト様の人生や教えや十字架上のあがないにあります。