エストニア丸の沈没と永遠の救い

 やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の蔭の地に住んでいた者たちの上に光が照った。あなたはその国民をふやし、その喜びを増し加えられた。彼らは刈り入れ時に喜ぶように、分捕り物を分けるときに楽しむように、あなたの御前で喜んだ。あなたが彼の重荷のくびきと、肩のむち、彼をしいたげる者の杖を、ミデヤンの日になされたように粉々に砕かれたからだ。戦場ではいたすべての靴、地にまみれた着物は、焼かれて、火のえじきとなる。ひとりのみどり児が、私たちのために生まれる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。(イザヤ書9.17

エストニア丸
 フィンランド、スウェーデン、エストニアの3国の国民にとって1994年9月の26日の朝は色々の意味で目覚めの朝でした。エストニア丸と言う船の遭難事故で800人以上の人が死亡して、143人が救出されました。
 エストニア福音ルーテル教会の監督は「神様が語ってくださった」と的確に発言しました。聖書の中にイエス様がある事故についての説明なさった事を指したに間違いないのです。
 「シロアムの塔が倒れ落ちて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。」(ルカ13.45

 フィンランド人、スウェーデン人、エストニア人がみな神様の御前で恐ろしい罪深い生活を送っています。船旅こそはよっぱらって、乱れたセクスの代表的なものになった程でした。あの船はこの世の模型だったとも言えます。嵐が強まっていても、平気で娯楽を楽しみながら恐ろしい運命を忘れようとして、盲目に進んでいるここ世そのものでした。
 しかし、あの船の中に20人ぐらいのスウェーデンからの聖書学院生もいました。彼らはエストニアの諸教会に物質援助や伝道活動を終えて帰り道でした。船に乗る前に彼等の中のだれかが幻を見ました。その中にパニック状態の大勢の人々が船の中に神様の御前で悔い改めて助けを叫んだそうです。結局20人の生徒の8人が助かりましたが12人は死亡しました。
 救出された一人の話によると、仲間何人かのグループで船の上の盤に登っているところに、一人がこう言ったそうです。「私が下の盤でパニックの中にいる人々の所に戻らなければなりません。彼等がイエス様を信じて天国に行けるように」と。彼が戻って、僅かの30分の間、福音を語りました。そして他の人々と一緒に海の底に行ってしまいました。
 もしかしたら、最後の瞬間にイエス様を信じて天国に行けた人が多かったかも知れません。「主イエスの名前を呼び求めるものは誰でも救われます。」と聖書が約束するからです。
 文字通り「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の蔭の地に住んでいた者たちの上に光が照った。」この世の希望がなくなるときにはクリスチャンの希望が全うされます。
 イエス・キリスト様がお生まれになったのは、悔い改める人々に完全な赦しと永遠のいのちを与える為でした。イエス様が蘇られたから、死はその力を失ったのです。イエス様を信じた瞬間からとこしえまでの命が始まって、死はもはや衣更えに過ぎません。

神様の贈物
 神様がイエス様を十字架の死に送られた貴い代価で得られた贈物は私達にとって全く自由です。何の努力も要りません。だれでも自分自身の全てをイエス様に委ねて、開き渡して、救われます。神様の愛のプレゼントは何と言う素晴らしいものでしょう。この永遠の犠牲の愛を受け入れたあの聖書学院生は喜んで人々の救いのために地上の命を犠牲にしてくれました。天の御国の命をもう既に持っていたからです。救いは正に「今より、とこしえまで」のものです。イエス様の御元に悔い改めて祈って行くには今が一番適切な時です。この地上の後はどのぐらい続くか誰も知りませんから。
 イエス様は全ての人をその十字架の愛によって救われることが出来ます。年齢の問題でもないし、教育の問題でもありません。イエス様は救いを求める誰をも受け入れてくださいます。そして、その人に「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」になって下さいます。


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