L.&J.ピヒカラ


東福山福音ルーテル教会
 〒721-0913 福山市幕山台8-13-10
 Tel.0849-47-6602
  
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2003
年クリスマス

キリスト降誕祝賀

「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」(ルカ2:14)・・・「祝福あれ。主の御名によって来られる王に。天には平和。栄光は、いと高き所に。」・・・「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」(ルカ19:38、40)


 宇宙の創造主でおられる神様が初のクリスマスに人間になられました。少女マリヤからベツレヘムでお生まれになったイエス様を天のみ使いたちの賛美が歓迎 しました。その賛美の内容は「生まれた救い主が神様に栄光を与える」と言う事でした。また「王の王でおられるイエス・キリスト様は地上に平和をもたらせ る」と言う事です。それは、神様から遠く離れてしまった人々を神様の交わりに戻す事で神様に栄光を与えることでした。イエス様は罪の代価を十字架の上で私 達の身代わりとしてはらって下さいました。それで私たちを罪と死から解放して下さいました。イエス様はそのためにこの世にお生まれになりました。そこにこ そ神様は栄光を受けられます。私たち罪深い人々の救いは神様にとって最高の喜びであり、栄光です。


 十字架の前にエルサレムにこの使命を全うするために入られたイエス様を賛美が迎えました。今度はみ使いたちではなく、イエス様の弟子たちやイエス様の多 くの奇跡を見て来た群集でした。しかし、彼らの賛美はみ使いたちの賛美と微妙に違う内容でした。それは、平和は未だ地上ではなく天に平和があると言う賛美 でした。
 この違いは矛盾ではありません。イエス様は必ずこの地上にも平和をもたらせますが、その絶対的な条件は人々がまず神様との平和に入る事です。天の父なる 神様との平和を持たない人々には地上でも平和がありえません。過ぎ去った一年を振り返って見ても、み使いたちの賛美はまだ地上で成就されてない事は余りに も明らかです。
 しかし、その反面に世界中で多くの人々は今年もイエス・キリストを信じて、罪が赦されて、神様との平和に入りました。といっても、み使いたちの賛美が無 意味ではなかったのです。イエス様がもう一度見える形で、大きな栄光と輝きの中にこの地上に戻ってくる事を私たちクリスチャンは首を長くして待っていま す。その時に地上にも完全な平和がやって来ます。その時に神様に対する賛美が益々高らかに歌われます。
 初のクリスマスと、イエス様が十字架の勝利を向かった時と、イエス様の再臨の時とを結ぶのは神様への賛美です。賛美はイエス様にとってどれほど大切か、 賛美を止めようとする避難者に向かった鋭い言葉から分かります。「もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」神様は賛美の中におられます。神様の交わりへ の道は結果として賛美を生みます。天国は賛美の世界です。今の地上と天国をつなぐパイプは主イエス・キリストの十字架の愛を賛美する心です。イエス様が来 られたのは主への賛美を地上にも生むためです。


 もし賛美はこんなに大切なら、賛美とは一体何でしょうか。賛美はよく主に向かう歌と思われます。また、祈りの一種とも考えられています。賛美と感謝もよ く混同されます。感謝はよい事を受けた時の評価の現われです。感謝の心は神様が願っている事ですが、賛美はもっと深い意味があります。賛美は恵みを頂いた 事に対するものではなく、人格に対する評価です。たとい相手が何も特別な事をしなくても、その相手の存在をほめたたえるのは賛美です。賛美は人格的な相手 を受け入れる事を前提とします。賛美は本物の愛の純粋な表れです。神様の救いを受けるのは、救い主イエス・キリストの人格を受ける事であり、救われた人が 賛美をする人に変るのは当然の事です。賛美は神様からの要求ではなく、神様の無限の愛に対する自然な応答です。礼拝の本質は賛美です。
 クリスチャンは結局神様の栄光をほめたたえる為に救われています。伝道の本質も自分の信仰を他の人に押し付ける事ではなく、余りにも素晴らしい人格でおられるイエス・キリスト様を人々に紹介する事で、他の人々と共に主を賛美したい気持ちから出ます。


 賛美はよい気持ちになってから始まるものではなく、罪の意識で悩まされて、失敗のどん底に目を主に向かって、哀れみを願うところから始まります。何故か と言うと、このような状態まで主の恵み深いみ顔が向かっているからです。そのみ顔から赦しと新しい恵みが流れ出て、心を新しくして、心を明るくして、また 賛美を益々大きくします。
 今年のクリスマスにも神様との平和を求めて、主を賛美しましょう。

東福山教会
 東福山教会の2003年の目標は「祈って感謝する群れ」でした。聖書の学びとみことばタイムの交わりの中に主のみ声を聞きながら、具体的な祈りにもっと 時間を与えて、主との交わりを深めたかったのです。そして、色々の困難にぶつかっても、主が本当に祈りに答えて下さることも実感して参りました。


 前半の3つの結婚式やカウンセリングゼミナーやバザーや青年伝道の後、夏のキャンプ、25周年記念集会やクリスマスプログラムが相次ぎましたが、その中 に神様の恵みをたくさん頂きました。ジーラブの子供達の数が増えるように祈ったら、不思議にも子供が通うようになりました。また賛美グループが与えられる ように祈ったら、秋の特伝を切っ掛けで「ハンナゴスペル」と言う名前の素敵なグループが岡村光子さんの指導で生まれました。


 正木茂先生を迎えての25周年記念集会に思ったよりも多くの方々が見えて、とても素晴らしいメッセージに感動しました。インターネットに繋がっている方々に正木先生の生の映像やメッセージを是非見聞きして頂きたいのです。http://www.jigb.com/japanese2.htm また宮崎喜代子さんの証しも是非読んで頂きたいのです。http://www.pihkala.net/Message/AkashiFront.htm 福山フォークソングクラブの皆さんも去年に続けて特伝に貢献して下さって感謝しております。


 病気や怪我や介護や仕事や家庭の諸問題で戦ったり、疲れたり、悩んだりするところにも主に祈る道が開かれて、まだまだ望んでいる解決のない中にも、主が 共におられると言う何とも言えない慰めを今年も繰り返して経験させていただきました。「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしを あがめるであろう」(詩篇50:15)と言う約束の通りに、悩み中の祈りの答えも私たちを賛美に導くのです。


 神学的な学びの一年でもありました。西日本教会から与えられた教職者論の学びの他にキリスト結婚式の聖書的な位置づけを一生懸命学んで参りました。日本 のキリスト教式ブームにどう対応したらよいかは決して分かりきった易しい課題ではないと分かって参りました。しかし聖書を通して主の御心を求める姿勢が強 まって来て、感謝しております。

 末っ子のカーリナのピアノの勉強が続きますが、12月一杯友達のインケリさんと一緒にバイオリンとピアノによる演奏ツアーに来日してとても楽しみです。諸コンサートの詳しい事はホーム・ページから見て頂きたいのです。 


http://www.pihkala.net/HFShuuhou/InkeriToKaarinaNoKurisumasuKonsaatoTsuaa2003.htm

今年も私たちを色々の形で覚えて支えていただいた皆様に心から感謝致します。

新しい2004年があなたにとって豊かな恵みの年になりますようにお祈り申し上げます。

J.& L.ピヒカラ