Jorma & Lea Pihkala
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2020の 夏


 暑中お見舞い申し上げます。

ヨハネは自分の方にイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。」(ヨハネ129

 今年の7月27日は私の救われた60回目の記念日でした。青少年キャンプで15歳の時にイエス様に出会って、イエス様の十字架の贖いのゆえに私の罪が赦されて、聖霊による平安と喜びに満たされました。詳しい事は次のリンクから読めます:

http://www.pihkala.net/Message/OmaTodistus.pdf

 救いは神様の恵みによる奇跡です。しかし、それはすべての人に提供されます。神様はすべての人の救いを願っておられます。それで一つの証しを引用致します。後である米子の教会の長老として奉仕した長尾英人さんの1996年に脇町教会での証しです。

  私は若い頃過労と栄養不足で、当時不治の病気といわれていた結核になりました。肋膜炎や胆石も患い、おまけに不眠症にもかかりました。三年間というもの は、あおむけに寝たっきりで、家内が私の口を開けておかゆさんのような物を食べさせてくれました。下の世話まで全部にわたって付き添って看護してくれまし た。私は国鉄に勤めておりましたから、鉄道病院のお医者さんが交替で往診してくださいました。家内は私の看護のためにやせ衰えて、家内の方が危険な状態に まで追いこまれ、三年間というものは、経済的にも精神的にもまた肉体的にも苦しみました。

  私は神様というものを知りませんでした。イエス様がどのようなお方かも知りませんし、米子にいて教会がどこにあるかも知りません。ましてや、牧師様がどの 上うなお方でどんなお仕事をなさるのか知らなかったのです。そのような者も遂にイエス・キリスト様にお会いするときがきました。昭和二十三年一月十六日の 夜七時、私は汗臭い寝間着を着たまま、ひげは伸びたまま、家族の誰にも気づかれないように、寝台からこっそり下りて、はうようにして冬の屋外にさ迷い出ま した。しばらく行くと道路脇に小屋のような小さい家がありました。どういう訳か私はその家にフラフラと入ったのであります。玄関に入り立っておりますと、 中から一人の婦人が出てこられ、私を見てびっくりなさったその方は、そばのこたつに掛けてあった毛布を、まるで投網でも打つようにして私の頭にかぶせ掛け てくれました。私は毛布をかぶったままでそこにうずくまっていました。しばらくすると男の方が出ておいでになり、私の腕を取って畳の上に引きずり上げ、こ たつの中に入れてくださいました。その方が後に私の恩師となられた佐畑清先生でありました。


  先生は私に色々とたずねられて話を聞かれました。先生も私にお話をしてくださいました。そのうち、こたつの上に部厚い本を出され、その本をめくっておられ ましたが、静かに私の頭の上に手を置いて「子よ、心安かれ汝の罪赦されたり、されど之を受けし者、即ちその名を信ぜし者には、神の子となる権をあたえ給え り」とのヨハネ伝一章十二節を語られ、続いて「手を病の者につけなば即ち癒えん、彼の笞打たれし傷によりて、汝の病癒されたり」「ハイこれでよろしゆうご ざいます」と言われました。絶望から希望に、暗黒から光に、死から命に移された私は涙と鼻水とよだれでくちやくちやになって、その場で罪を悔い改めまし た。後で聞いたことでありますが「この男は、今この場から放したら死ぬんだなあ ― 目の色が変わっている」と先生は思われたそうです。

  献身者の方に抱えられるようにして我が家に送り届けられました。家内は私が見えなくなったのでずい分探したそうです。眠っている長男を起こして家内と息子 の前にひざまずいて、涙ながらに今夜のいきさつを話してあやまりました。その晩から私は変わったのです。主を賛美し「我、癒されたり、我、癒されたり」と 信じて、私と家内は日本海において共に手を取り合い洗礼を受けました。間もなく鉄道病院から肺結核は全治したと診断され「長尾さんは、イエス・キリスト様 がお癒しになった」とも言われました。(1996 脇町教会)


 私は救われてから かなり長い間救いの確信の問題で悩みました。キリスト者になってもすべてのキリスト者の中に罪深い性質が残っています。私は色々誘惑に負けて罪を繰り返す 事とそれを悔い改めてイエス様の十字架のゆえに繰り返して赦して頂いています。その中に果たして私は本物のキリスト者であるか悩みました。私の信仰が十分 でしょうか、どうして罪との戦いで負けるのですかと嘆いたりする事があります。そのような時にバプテスマのヨハネの言葉を思い起こします:「見よ、世の罪 を取り除く神の子羊。」 イエス様は世界のすべての人の罪を赦す為に十字架で私たちの身代わりとして死んで、三日目に蘇りました。私もあなたも含まれてい ます。だから、自分の弱い信仰を見ないで、イエス様を仰ぎ見て下さい。あなたの過去の罪も、今日の罪も、将来の罪も赦されます。イエス様はあなたを見捨て ないのです。救いの確信はイエス様に対する確信です。イエス様はその救いの御業を永遠の御国まで完成させて下さいます。イエス様は私を救った以上必ず最後 まで守って下さいます。  

 


コロナ時代の諸活動

 フィ ンランドでも3月の後半から5月の終わりまで諸教会の礼拝はインターネットストリーミングで行われました。6月から又顔と顔を合わせる礼拝に戻って、愛す る兄弟姉妹との交わりは大きな喜びです。Espoon Kotikirkko(エスポーの家庭教会)の夏のキャンプも可能になりました。ZOOMなどに慣れて、遠距離の私たちが平日の祈り会と聖書研究にも参加 できるようになって交わりが深まって来ました。私たちの家の聖書の学び会も6月から再開できました。

  フィンランドのコロナ状況は今のところで安定していますが、世界的にコントロールされていないから、秋に第二波が押し寄せる心配です。日本の状態もとても 心配です。第一波の時に人々の慎重な姿勢がほぼ消えて、アメリカみたいな広がりを何とか避けるべきです。内のミッションから二つの新しい家族が日本伝道に 行けるビザを待っています。スルヤティエご一家と山口ご一家ですが、いつ道が開かれるかはまだ分からないのです。

 コロナのお陰で私が5月に西宮南教会の礼拝説教をする機会がネット上で与えられました。それは今も次のリンクから見られます:
https://www.youtube.com/watch?v=UXVQZxr1rZM

 森の中の散歩以外は家で過ごす時間が多かった事で、日本語からフィンランドに色々翻訳機会があって、今は以前仏教の尼さんをして、後でキリスト者になった藤井圭子先生の「悟りと救い、求道の果てに」(一粒社)と言う本を日本へ宣教師として派遣される人々のために翻訳しました。仏教とキリスト教を先生ご自分の深い体験から比べる本ですから、是非手に入れて読んで頂きたいのです。


聞いて見て下さい

 コロナのお陰で霊的に豊かな内容がネットで爆発的に増えました。それははありがたい事です。神戸ルーテル聖書学院で人気講座を続けたマイリス・ヤナテュイネン先生の教えも今ポドカーストとして聞くことが出来ます:

https://anchor.fm/yoko-sugaya

他の先生方の教えも載っているページ:

http://www.pihkala.net/KLBI/jugyoutekisuto.htm

HAT神戸

 西日本福音ルーテル教会の総会は例外的に7月24日に行われました。新しい議長に西明石教会の萩沢耕司先生が選ばれました。総会の終わりに行われた、吉田徳雄先生の牧師按手式にネットストリーミングで参加できてとても嬉しかったです。


 吉田先生ご一家、姜根培先生、U.ペンドィン宣教師と私たちのチームで2008年にHAT神戸開拓を始めた時からの深い交わりを感謝しています。今吉田先生が北鈴蘭台と兼牧ですが、北迫伝道師とA.ブオリネン宣教師との体制で伝道が前向きに進んでいる事を感謝します。7月に帰国したカリオイネン先生たちがHAT神戸で1年間手伝って下さった事も大きな励ましだったと思います。6月の洗礼式も励ましになっています。

L.パルム先生と吉田先生

家族ニュース

 西宮南教会で働いているパルム家族の長男ベニャミンは18歳で大人の年齢に入りました。内の孫の中で3人目です。 

 長男の上の息子エルモは7月18日に堅信礼の恵みに預かりました。それは幼児洗礼を受けた人が15歳にキリスト教教育をキャンプで二週間受けて、公に信仰告白をする場面です。


 末っ子の長男マウノも9月に堅信礼を受ける事になっています。

 夏に又子供たちと孫たちにほぼ以前と同じように会えるこの頃です。皆はコロナから守られています。

 あなたの友情、励まし、愛を心から感謝致します。主の祝福をお祈りいたします。

暑い中で皆様のご健康が保たれるように主にお祈 り致します。

皆様の祈りに支えられています。主に感謝しま す。

J.  & L.  ピヒカラ